トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏

電動化と同時に進むクルマのオープン化により、アウトカー領域のバリューチェーンに大きな可能性が見えてきた。各国の大手自動車メーカーが狙う次世代のバリューチェーンとそのアプローチの違いとは。

ナカニシ自動車産業リサーチ代表アナリスト中西孝樹氏はmirai.Responseが毎月1回開催するオンラインセミナー【中西孝樹の自動車・モビリティ産業インサイト】でモデレーターとして、OEM各社のゲストスピーカーからCASE関連の取組みの今とこれからを聴き出している。2022年1月までに開催したセミナーは 「ホンダ:eVTOL」、「トヨタ:カーボンニュートラル実現に向けて」、 「SUBARU:運転支援技術」で mirai.Responseプレミアム会員に登録すると見逃し配信が可能だ。来たる2月22日(第4回)のセミナーでは中西氏が 「自動車産業のバリューチェーン戦略」について講演する。セミナーに先立って内容を聞いた。

ファイナンスの変化がCASEを加速する

---:今回のセミナーは、自動車産業のバリューチェーン戦略がテーマですね。

中西:現在、猛烈な勢いでCASEが加速化しています。この背景には、地政学的な変化、そしてコロナによるニューノーマルの台頭があります。その結果カーボンニュートラル(脱炭素)とデジタル化が大きく加速しているのです。まずは、電動化が大波として産業を襲うことになるわけですが、トヨタに代表される国内自動車産業が国際競争力を維持してくためには伝統的な補修部品や中古車から未来的なスマートモビリティに広がるバリューチェーンの構築が非常に大切になっていくのです。その事業や戦略的な意味合いを当セミナーで解説をしていこうと考えています。

2021年は世界のほぼ全ての自動車メーカーが電気自動車(BEV)を中心とする電動車戦略を発表するエポックメーキングな年となりました。私が注目しているのは、市場メカニズムとしてカーボンニュートラルの実現に近づけようとするサステナブルファイナンスの力が強く作用していることです。要するに、従来のようにコンプライアンス的に「罰金を科す」ということではなく、市場メカニズムを利用して「CO2を出し続けるのであれば社会から追放をする」という、そういった圧力を受け始めていることです。

運輸部門で重大な責任を有する自動車産業は、自ら率先して技術戦略、事業計画、構造転換を支える財務戦略、そしてその実現を担保できる企業のガバナンス構造を詳細に説明し、カーボンニュートラルの実現にまい進している姿を、ステークホルダーや社会に向けてメッセージを発し続けています。

---:ファイナンスの基準が変化したのは、大きな影響がありそうですね。

中西:ルールとして仕組みが作られ、脱炭素の流れに載せられているわけですから、企業として抗うことは出来ません。世界の先進国の自動車市場は国家も関わる新ルールでの戦いに変貌しています。たとえば、欧米には巨大なホームマーケットが存在します。それぞれの国家は経済安全保障の観点からも自国の産業に有利に働くようなルールメイキングを進めています。フォルクスワーゲンやGMのBEV戦略はそういった国家が決めたルールに乗って有利に事業の構造転換を目指しています。これをデジュール戦略(※注)と呼びます。

※デジュール戦略:国や公的な標準化組織によって規定された標準化ルールを利用する戦略。いっぽう、市場のなかで支持を得るうちに事実上定まったスタンダードをデファクト標準と呼び、その中に商機を見出そうとするのがデファクト戦略という

例えば、トランプ氏からバイデン大統領に政権が変わったことで、アメリカはパリ協定に復帰し、本格的なGHG(Greenhouse Gas/温室効果ガス)削減を進めることになりました。ただこれを本気で進めていくと、最初に行き詰まるのは大型車販売に依存している自国のGMとフォードとなります。仕事を失うのはUAW(全米自動車労働組合)の労働者ですね。気候変動政策を進めた結果、国家産業が衰退してしまえば本末転倒ですので、彼らを守り事業構造転換を支える政策が必要となります。

世界の流れに対抗するトヨタ

---:なるほど。欧米OEMの極端な方向転換は、国の後ろ盾があってこそなのですね。

中西:ヨーロッパは炭素税、炭素国境調整メカニズム、アメリカは補助金政策が要になります。国内自動車産業はこの二つの武器で攻められている状況です。長期的に危機的な状況だと考えています。

世界のルールメイキングが進むなかで、2021年には欧米の自動車メーカーの戦略が具体化しました。それは大きく3つの柱から形成されていて、第1に「垂直統合」、第2に「標準化」、第3に「バリューチェーン」があります。

具体的に言うと、電池やソフトウェアを垂直統合し、とてつもない標準プラットフォームを作ってメガスケール化をする。このBEV車両がITプラットフォームそのものとなり、さらにソフトウェアファーストのバリューチェーンを広げていく、といった戦略です。ここでのポイントは、デジュール戦略として政府の補助を受けながらBEV基盤構築を先行させて、先に規模を確立しようとする狙いです。

こういった世界の流れに対して、2021年12月の発表でトヨタはそれらに真っ向から対抗しています。同じBEVをやるよ、と言いながらここまで戦略が違うのかと我々は驚きをもってそれを目の当たりにしました。

トヨタは、グローバル標準化的な考え方はあまりしていません。消費者のニーズに対応したものを売っていけば、ある地域では電気自動車はたくさん売れても、ある地域では全く違うものが売れる可能性がある。結果としてパワートレインは全方位になっていく、という言い方をしています。

要するに、地域や消費者に応じて1台1台を丁寧に届けていこう、ということを豊田章男氏は語っていました。結果として選ばれ、それはデファクトとなっていくわけです。

トヨタは標準化というよりは柔軟性という戦い方を選択しています。これはトヨタのプラットフォームにも如実に表れています。

他社は、テスラのプラットフォームと同等なシャーシの中にハードウェアを最適配置したスケートボード(スケボー)型のBEVプラットフォームを推し進めています。ハードウェアの圧倒的な標準化が、メガスケール化を実現して、それらが欧米の巨大なホーム市場で量産する考えです。

一方、トヨタのBEV専用プラットフォームは現在のエンジン車に近いモジュール型なんですね。フロント、センターとリアの3構造モジュールで、それぞれの技術進化をモジュール単位で受け止めるという形にしており、一巡目、二巡目という形で進化を続けていく。

確かにモジュール単位の中は標準化が当然進んでいきます。けれどそれもまた地域で特性が分かれることも許容しながら、それらを組み合わせながら様々なBEVを作っていく。これはスケボー型のBEVプラットフォームを世界展開するよりも複雑で難しいことに挑戦していると考えます。

そういった考え方というのは、電気の世界から見るととても非効率的に見えます。電気の世界では、標準化を高めたハードウェアを作ってそれらを量産し、ソフトウェアで制御していけばいい、という流れですね。その効果はテスラの成功が教えてくれていることでもあります。

バリューチェーンの基盤構築を急ぐトヨタ

---:それではトヨタが他のメーカーに立ち遅れていくのではないかという懸念も生まれてくるのですが。

中西:トヨタの戦略性とは、BEV基盤をこの段階で固めてしまうことではなく、敢えて急がずバリューチェーンの基盤構築を先に進め、その成果を原資に将来的にBEV転換を実現していくというものです。

欧州の戦略はBEVの基盤を政府にずいぶんと助けてもらいながら構築し、そこで出来た基盤をITアーキテクチャとしてエコシステムを広げることにより、バリューチェーン基盤を拡大する。要するにアプローチに違いがあるんですね。

デジュール戦略に乗っている欧米メーカーとデファクトを取っていかなくてはいけないという日本のメーカーの対立の構図は過去からの宿命だと思っています。このまま欧米戦略が勝利するのかはわかりませんが、政府が政策やルールメイキングでこの戦略を支えていることを考慮すれば、説得力は高いし、整合性のある戦略になっています。

トヨタの戦略が成立する為には、まずはバリューチェーンの基盤をしっかりと構築しないとならない。そうしないと将来的に、様々なお客様の話を聞いて、全方位となって大規模に残るレガシーの基盤をBEVに転換していく収益基盤そのものを喪失してしまうんですね。

これこそが持続可能性であり、バリューチェーンの基盤の構築の狙いを整理し、将来のモビリティの真価/進化を検証していくところ今回のセミナーのテーマとなっています。

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏[インタビュー]

トヨタはUberやGrabに早い段階で出資をしたり、ソフトバンクとMaaS事業を共同で行うなど、バリューチェーンへの取り組みを、人流・物流MaaS、スマートシティ、ソフトウェアという形で広げて来てきました。

伝統的なバリューチェーン領域は、いわゆる販売金融事業を核に、補修部品やアクセサリー用品を中心としてきました。この取り組みは、実は非常に好調で第一波のバリューチェーン成長の波に乗っています。問題はこの後の第二波ですね。サブスクリプションであるKINTOは順調に発進しましたが、スケールアップの課題を抱えています。中古車事業も同様です。また金融事業では、マルチブランド化、保険事業の取り込みなどの領域拡大も出来ていない状況です。

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏[インタビュー]

最も大切なことは、コネクティッド戦略で収集したデータを如何に整理・活用して、データをマネタイズしていくことです。こちらに関してはかなりうまく乗れていません。果たして第一波から第二波へのトランスフォーメーションが本当にうまくいくのかどうか。

注目すべきフォルクスワーゲンのロードマップ

カーボンニュートラルによって、クルマについてこれまで見えてこなかったアウトカーの世界が広がってきています。

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏[インタビュー]

過去のコネクティッド戦略では見えていなかったカーボンニュートラル、SDGsと車両インカーとの繋がりの重要性が高まっています。インカーにあるOSからソフトウェア、それを実現するためのE/EアーキテクチャやBEVを中心とするハードウェア、すべてを抜本から再設計するという段階に入ってきています。

それらを踏まえて再設計しているのが、まさにフォルクスワーゲンの統合アーキテクチャであるSSP(スケーラブルシステムプラットフォーム)であり、そのターニングポイントは2025年。中核を為すのはVW.OS 2.0です。

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏[インタビュー]

---:VW.OSはすでにID.3で入っていますが、2.0になるのが2025年ということですか。

中西:そうですね。ID.3は初代のBEV専用プラットフォームのMEBをベースにしていますのでVW.OS Ver1.1が実装されています。ID.3やID.4はECUをアップグレーダブルではあるけれども、それぞれをインテグレートはされていません。実際、アップグレードする部分も実際には様々な課題が表面化しており、量産拡大の生産やカスタマーエクスペリエンスもいまだ理想からは遠いようです。

---:ハードとソフトの分離がまだ完全には出来ていないということでしょうか。

中西:出来ていないですね。この先のVW.OS Ver1.2でアンドロイドオートモーティブの搭載が加わりますが、まだハードハードとソフトの分離は出来ていません。注目は、ドメインコントローラーで全く新しいE/Eアーキテクチャに移るVW.OS Ver2.0の段階で、その頭出しは2025年とみられています。

VW.OS Ver2.0を中心にソフトハードの切り離しを実現し、車両内部とのネットワークに関しては自動車内部を完全に隠蔽化します。3つのハイパフォーマンスコンピューター(HPC)で制御することになるのですが、ゾーンコントローラーを中心に車のインカーの機能を統合的に制御することになります。外からやって来るソフトウェアがECUに干渉しない世代ですね。

---:テスラの場合はすでに市販車でゾーンアーキテクチャができていますね。

中西:テスラは2018年のModel 3から実現しています。日本と世界の自動車メーカーは6年遅れと言われているのはその話なんですね。でも今やテスラだけではありません。NIOもそうですし、Xpengもそうです。中国の新興メーカーの多くがそういう形を取っています。

大手OEMはバリューチェーンのスケールが違う

---:業界標準としてAUTOSAR Adaptiveのようなものが進んでいますが、それよりもいわゆる中国型のオープンなOSの方が進んでいるのでしょうか。

中西:進んでいるとは言いませんが、導入しやすいですよね。いっぽう既存の大手グローバルメーカーでは2025年から導入が始まる見込みです。確かに導入の時期は遅れますが、新興EVメーカーより、もっともっと繋がるスケールが拡大できるような将来発展を見越した設計になっています。遅れてはいますが、エコシステム自体が非常に巨大となるポテンシャルがあります。伝統的な大手自動車メーカーは大手ならではの戦い方があるということです。

アーリーアダプターを取っていく、そしてそれを段々と大きくしていこうとしているテスラや中国の新興企業というのは、最初のマーケット自体が小さいんですね。ですがアーリーアダプター向けなので彼らは十分にシェアを取れるし、食べていける。

では、マスマーケットにどう移っていくのか、というところに大きな課題がありますよね。アプローチは新興側と伝統側では全く違う。

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏

---:エコシステムが大きいというのは、つまりアウトカー領域のバリューチェーンが大きいということでしょうか。

中西:そうですね。繋がる領域が圧倒的に拡大していますからね。アウトカーの繋がる領域というものがもっともっと大きくなる。社会的な責任も重く、サイバーセキュリティーや安全認証などの要求性能も高い。そのためにはOS基盤とソフトウェアの信頼性と品質が求められていきます。

Arene OS から見るトヨタの構想

自動車産業にとって2025年以降に広がるバリューチェーンの第2派とは、ソフトウェアファーストという新しいビジネスモデルに転換することを意味しています。そのためにトヨタの場合はウーブン・アルファが開発しているビークルOSのAreneが大切になるのです。

Arene OSというのは2つの側面があって、ひとつは車両OSそのものであり、もうひとつはオープンAPIでアプリケーションの開発するための開発支援基盤です。多くのベンダーがアクセスでき、容易に設計、テスト・実装を可能とするAPIを提供するデジタルツイン上のプラットフォームです。

車がアウトカーにある様々なサービスと連携して新しいカスタマーエクスペリエンスを作り上げていくには、インカーとアウトカー領域を出入りする複雑な情報を簡素化し、かつインカーを覆面化するレイヤーが必要になります。同時に、OTAでソフトウェアをアップデートするときにハードウェアやそれを制御するECUにいちいち干渉しない仕組みが必要です。

トヨタが次世代バリューチェーン構想で世界に先行する理由とは…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 アナリスト 中西孝樹氏[インタビュー]

アウトカーとインカーのやり取りを標準APIとして提供するソフトウェアプラットフォームがビークルOSの発想です。ECU側を覆面化して、ビークルOSがすべてのAP(アクセスポイント)を定義して、それがオープンAPIになるという発想で、クルマ(ハード)とソフトを切り離していく。

ビークルOS上で動くアプリケーションはECUに一切触れることなく、クルマとのあらゆる連携を果たすことが出来る。つまりクルマと外との連携が自由になるわけです。これが本当の意味でのコネクティックドカーですし、エコシステムが広がっていく、とはそういう意味です。

そのことでどのような世界が見えて来るのかというと、OTAでどんどんクルマにソフトがやってくる、いろいろなアプリがダウンロード出来るという世界になり、スマートフォンのような車に代わっていくわけです。

例えばNTTとトヨタが共同開発しているスマートシティのプラットフォームや、MONETの連携が可能となります。つまりスマートカーはスマートモビリティに繋がり、スマートホームに繋がり、スマートシティに繋がるということです。これをいわゆる暮らしのアンドロイドだとカフナー氏(※注)は言っています。

※カフナー氏:ジェームス・カフナー氏 ウーブン・プラネット・ホールディングス代表取締役CEO 兼 トヨタ自動車 取締役・執行役員 Chief Digital Officer 兼 ウーブン・コア 代表取締役 兼 ウーブン・アルファ 代表取締役President

このようなエコシステムを広げていくと、様々なエコシステムの広がりというのはクルマ中心ではない場合もあります。このようなエコシステムを皆で連携する力にしていくということが重要なのではないかなと考えています。

いまWoven Cityでこのような構想がスタートしていて、2023年くらい、モビリティショー(※注)前には開場するとは思っています。そこで持ちうるサービスや製品、UX、いわゆるリアルなプロトタイプの実験と、そこから上がってくるデータをデジタルツイン上でトヨタ生産方式を用いたシミュレーションをやっている。これが現在の状況ですね。

※モビリティショー:東京モーターショーの後継イベントの仮称。2023年秋開催予定。

自動車から来るデータと暮らしのデータが結び付き、新しい様々な製品やサービスが生まれていく。ここに第二波の大きな山が来るわけですね。

まったく同じようなことを実はGMも発信しています。GMは将来的には9兆円の売上高を第二波の中で作ると。2030年には500億ドルを自動運転MaaS車のクルーズで稼ぎ出して、さらに250億ドルをソフトウェアファーストでやって、あとは物流で100億ドルを作りましょう、という話をしています。

GMは政府主導で先にBEVの事業基盤を築かせてもらっています。つまり政府のお金がGMの事業転換を支えています。その基盤の上に、将来の展開を描こうとしているのです。

いっぽうの日本は、すべてにおいてハンディキャップを背負っていると言って過言ではないでしょう。そもそも資源が乏しく、再生可能エネルギーへの転換コストは高く、BEVの普及は世界から後れを取ることは不可避です。欧米が炭素税や補助金で日本車を排除するという政策を取ってきたら、日本にはどんな対抗手段があるのか。

やはり日本は、バリューチェーンで世界に先駆けて、成功例を世界にデファクト(※市場の支持による事実上の標準)として受け入れてもらうというようなことを、力を持ってやっていかなければならないと思います。

ビークルOSのその先のエコシステム

---:ビークルOSが次世代のバリューチェーンを作るための一番大きなポイントになりそうですね。

中西:ビークルOSはOEMの競争領域になります。もちろん連携はするのでトヨタ仲間のようなものは出来ます。ですが世界で5群・6群くらいに分かれる競争領域になりますね。

自動車メーカーからすると、ビークルOSをきちんと確立するという意味は、AP(アクセスポイント)がきちんと正しく定められ、APIが皆に使われ、デファクトの標準になっていかないとだめですよね。

自動車メーカーがアップルのような企業になるためにどうしても必要な、重要な競争軸です。企業の内側での議論は常にあります。どのようにECUを整理して統合し、集中制御にしていくか。しかし外にはものすごくいろいろな変化があります。世の中の変化に対して車がどう繋がっていくのか、本当に役に立つ車になるのかならないのか、ビークルOSの出来にかかってきます。そういうものを確立しないと自動車メーカーは本当に携帯電話を作るだけのメーカーになってしまうということです。

---:ビークルOSの出来そのものが、バリューチェーンをどれだけ取れるかというところに大きく影響する、ということなのでしょうか。

中西:そこは残念ながらビークルOSだけで決まる話ではありません。どのようなソフトウェアか、サービスか、アプリケーションがクルマにダウンロードされてくるのか。スマートフォンもアプリをダウンロードしなければ単なる箱ですよね。そこがやはりエコシステムを作っていく源泉になってくるので、この部分が重要です。

だからサイバーセキュリティーの高い、品質の高いソフトウェアの開発力も非常に重要だし、通信やクラウドの高い固定費を制御しながらOTAを使って魅力的なアプリケーションや自動運転ソフトなどが必要となっていきます。他にも様々なアプリがダウンロードされてきて、これでエコシステムが広がっていくわけですので、ソフトウェアファーストのビジネスモデルをどういう形で設計していくかということですね。

世界の自動車メーカーの中でもいち早く布石を打っているのはトヨタでだと思います。NTTと共同で開発中のスマートシティOSとの連携を前提にArene OSを発想してきたわけです。何年も前からそこまでのことを考えてきたのは、メルセデスベンツにもフォルクスワーゲンにもなかったと思うんです。

MONETの取り組みも早かったと思います。MONETは事実上、日本の多目的MaaSのデファクトになっており、公共性が非常に高くなっています。ここのデータと連携する形でArene OSを設計しているというのも、課題解決型としては世界の中では非常に先を行っている。これもひとつのエコシステムです。

やはり日本は課題先進国なので、日本で起こっている問題は必ず将来世界中の問題になってきます。真っ先に来るのは中国だと思うのですが、そこに向けてソリューションを提供することは大きなポテンシャルがあります。

そういうビジョンを持ってこのArene OSの設計に飛び込んできたトヨタというのは、やっぱり大きなストーリーラインを見た上でこの戦略を立てていると思うので、私はそこに期待を持っているんです。

デファクト戦略の戦い方

---:トヨタは将来の大きなシナリオが企業活動に現れているのですね。

中西:ハードについては、これからはテスラ的なスタイルで行こうとしている欧米メーカーと、そうではなく、日本にはまだソリューションがあるのではないかということで一生懸命試行錯誤している日本のメーカーとの差はやはりあります。

ですが、必ずしも欧米的にやれば勝てるという意味ではないんですね。垂直統合時代の産業は、やはり大きなものが勝つので、恐竜的な進化をするわけです。つまり強いものが勝つと。

ですが水平分業がどんどん進んでいく産業になると、大きいというのは決して強みではないのですよね。変化に対応出来るものが生き残るんだ、ということをトヨタの前田CTOが前回のセミナー(※注)の一例の中で語っています。

※前回のセミナー:中西氏がモデレーターを務める連続セミナー 「自動車・モビリティ産業インサイト」vol.2トヨタ:~カーボンニュートラル実現に向けて~将来モビリティ社会へのグローバルでの取り組み

欧米メーカーの戦略は決め打ち型ですよね。決め打ちが出来るのは、大きなホームマーケットがあり、政府が支援してくれる、という安心感があるからです。そこで先行して大きく競争力を取っていこうとしているわけです。

日本では決め打ちしたものが上手くいかなかった時に助けてもらえる構図がないんですね。やはり最後までいろいろな検討をしながら、最終的に選んでもらわないとだめなので。しかしトヨタ的なやり方になってくると、試行錯誤もたくさんあるし、いろいろな変化を想定しながら、いろいろなシナリオを含めながらやっていて、効率は悪いけれど何かが起こった時に非常に柔軟に対応しやすい。

ただそこでは効率を犠牲にしている分だけハンディキャップを背負っているわけですよね。

それをいかに皆で同じ方向感で固まっていけるのかが重要です。少なくとも自動車産業550万人の中では一見固まっているように見える。ですがパナソニックやNTT、ソフトバンクとトヨタが必ずしも同じ戦略に乗っているかというと決してそうではないでしょう。

この550万人だって、自動車メーカーの決算は上方修正が続くなかで、サプライヤーは下方修正が多く、明暗が分かれるような構図になっています。

皆自分のことで精いっぱいになってきていて、ばらばら感も出て来ているのですが、私はやはり世界との競争の中で、日本がまとまるということは結構重要な力であるし、変化に柔軟に対応していけるというのは日々の努力や改善の積み上げ、そういうところがかかってきているのではないでしょうか。信頼関係も含めて、そこは日本の強みとしてしっかり残しておくことが大事だと思います。

自動車産業の歴史ってデジュール標準とデファクト標準の戦いと言っていいわけです。日本はホームマーケットが小さく、世界の消費者から選んでもらわないとだめなので。やはりデファクト標準ですね。そうやって選ばれてきて日本を支える産業になったのだと思います。

グローバルカーの時代だと言ってきたGMやFordが米国中心のローカルメーカーになっていき、グローバルカーで最も出遅れていると言われたトヨタが今世界で最もグローバル、フルラインで頑張っているんですね。

---:世界における日本の立場がそうさせている、ということでしょうか。

中西:私は海外の投資家とこのことをよく話すんですね。日本の自動車メーカーの戦略を教えてくれと言われるので。伝えると大体皆が言うのは「ああ、これガラケー戦略なんだね、ダメだと思うよ」と冷たく言い放たれます。

それはスマホの勝負を見てしまっているからですよね。スマホは僅か5年程度でガラケーを置き換えてしまった。今の中国で起きている新興メーカーの台頭ぶりや、テスラというクルマの競争力やユーザーエクスペリエンスを考えると、スマホ化の方向に向かっているのは間違いないわけで。果たしてこのやり方で間に合うのか、これは本当に大きな議論です。

最大の議論は、ソフトウェアとデータにトヨタ生産方式が本当に有効なのか。先述のトヨタの前田CTOは「そこが勝負のキモだ」と言うのですが、我々にはわからないわけです。不安を感じながらついて行っている、そういう感じですよね。

ソニーは日本のメーカーと組むべき

---:今年1月のニュースで、Arene OS はサードパーティーの開発者の参加を歓迎する、という報道がありました。同じ時期に開催されたCESでも、GMがUltifiというビークルOSを発表し、やはりサードパーティーのアプリ開発を歓迎すると言及しました。

これらの発言は、ビークルOSに対応した様々なアプリケーションによって、マーケットプレイスが形成され、そこからアウトカー領域のビジネス、バリューチェーンが広がっていく、ということを見据えているからなのでしょうか。

中西:クルマというものは、これまですごく閉ざされていました。これがビークルOSで外の世界に、これまでのコネクティッドとは次元の違う形で、本当に繋がる世界が広がってくる。

このビークルOSのAPに合わせるとすべてのアプリケーションがハードウェアに干渉せずに機能を提供できることになるので、それは無限の広がりが出来ていくでしょう。

ビークルOSのAPでこういう面白いものが動きますよ、こういうものが出来ますよ、というようなものをみんな喜んで開発してくれる人たちをより多く囲い込まないとならない。それがやはり勝負所になってきます。

日本を中心にやっているトヨタと、ヨーロッパとアメリカを中心にやっていこうとしているGMとフォルクスワーゲンとで、おのずとエコシステムの広がりや強さに大きな違いが生まれてくるんですよね。

ここに日本の課題があると思っているからこそ、ソニーのような企業が日本の自動車産業と手を結んで新しい車の価値というのを作っていくのが、日本にとって多大なポテンシャルを持つと思います。私は個人的にソニーにパートナーとして日本の自動車メーカーを選んで欲しいと切実に考えています。

残念ながらソニーは、現段階ではクルマとして本当に安心と安全を提供できるハードの開発力は持っていないでしょう。私はやはり既存OEMと組まざるを得ないと思っています。その中でソニーの持っているIT側の知見と、自動車メーカーがどうしても変わり切れない弱さみたいなものうぃ補完しあうことにより、Win-Winの関係になれると私は思っています。

---:それぞれが得意なアセットを持ち寄れば、一番いい組み合わせになりますね。

中西:私はそれが日本の生き残りモデルになりえると本当に思っています。アニメ輸出だけでは食べていけないので、やはり加工貿易が必要です。

現在の見えている世界だけで考えると、八方ふさがりに見えて日本にはもう未来が無く、本当にモノづくりが成立しなくなってしまうのではないかと不安に駆られます。やはりイノベーションが必要です。そういったイノベーションの契機と成り得るのは、そういう異業種連合だと私は思っているんです。

本当に強いものを持っているんですよ、日本は。それをくっつけること、それをブリッジすることによって、新しい競争力に転換できる可能性がある。そこに日本のモノづくりの新しい基盤が生まれてくるんだと思います。そういう進化をしていくのではないかと。今はまだ見えていないですけどね。

2月22日開催の 【中西孝樹の自動車・モビリティ産業インサイト】vol4は、「自動車産業のバリューチェーン戦略」について中西氏が詳説する。詳細はこちらから。