wotopi - ウートピ 死んだら思い出が美化されちゃうから…「いろいろあった」両親を許した理由【あさのますみ×燃え殻】

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「浅野真澄」名義で声優やナレーターとして活動している、あさのますみさんによるエッセイ『逝ってしまった君へ』(小学館)が6月30日に発売されました。

ある日突然、大切な人の自死を経験したあさのさんが、大きな悲しみの中で見つけた日々の気づきや遺された人々の思いを、“君”への手紙の形でつづった随想録で、「note」で掲載されるや否や反響を呼びました。

そんなあさのさんと対談するのは、燃え殻さん。デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)に続く小説第2弾『これはただの夏』(同、7月29日発売)の発売を控える燃え殻さんとあさのさんの対談の様子を2回に分けてお届けします。

「いろいろあった」両親を許した理由

あさのますみさん(以下、あさの):実はこのエッセイを書いてるさなかに、父が突然亡くなったんです。入院して10日で亡くなったんですけど、コロナ禍で面会もできなくて。何も伝えられないまま、逝ってしまった。だから、「大切な人に自分の思いは伝えたほうがいい」と言ってる私でさえ、父に思いを伝えることができなかったので、結構真剣にやったほうがいいと思っていて。

燃え殻さん(以下、燃え殻):そうでしたか。僕も読んでいて、自分の中の大切な人が思い浮かんで。僕も彼らも、ずっとこのままではないし、これからいろいろなことが起きる。だから、苦手なんですけど、大切な人や尊敬する人、迷惑をかけた人に、ちょっと連絡してみようかなって思いました。それは、この本が、「まだ届くんじゃないか?」っていう勢いで書かれた手紙のような感じだったからかも。

エッセイではご家族のことも綴(つづ)られていました。読んでて「ひどいな」って思ったんですが、あさのさんは今、ご両親に対してどんな思いを持っているんでしょうか?

あさの:本にも書いたとおり、私の両親はいろいろと問題があって、学生の時は奨学金を使い込まれるし、社会人になってからは100万円単位のお金を要求されるし、しばらく距離を置いていたんです。でも、人って死ぬと思い出が美化されるじゃないですか。だから、私が両親を許さないということを後悔しないで生きていくためには、「あの人たちはひどかった」「あの人たちはクソだった」って、両親が死んだ後にずっと自分に言い聞かせないといけない。そうじゃないと、「本当は分かり合えたんじゃないか」「本当は私のことを思っていたんじゃないか」というふうに、思い出がどんどん美化されて苦しむだろうなって。

だから、「恨みの気持ちをひたすら自分に刻み続ける人生よりも、両親のことを許して受け入れたほうが、自分の人生が明るくなるんじゃないか?」って思ったんです。「いろいろなことがあったけど、自分の人生のためにこの人たちを許そう」って。「あの人たちは、私が良い娘で幸せだっただろうな」という行動をしたら、私は老後を明るく生きていけるだろうと思って、自分のために許すことにしたんです。それで、両親に経済的な支援をしたり、旅行に連れて行ったり、おいしいものを食べさせたり、贈り物をしたり。絶縁を解除してから、父が亡くなるまでの間、私は“娘の鏡”のような良い娘だったと思いますよ(笑)。

それに私も、両親を許すことで気が楽になったし、父が亡くなった時に、自分が目指していた気持ちになったんですよね。「お父さん、幸せだっただろうな」という、やり切った感がありました。許した自分のことも好きになれましたし。だから、憎み続けるよりも、ずっと楽なんじゃないかなって。

燃え殻:すごいですね。

あさの:学生時代、お金が無くて水商売をやってる時は、両親はもちろん大学の友達にも言ってなくて。世界中の誰も、私がそういうことをしてるって知らない。素性がバレるのが嫌だから、お客さんにも嘘をついてるし、一日中、誰かに嘘をついてる日々だったんです。でも、逝ってしまった「君」にだけは本当のことを言ってました。周りにいる人たちみんなに嘘をついて、みんなに違う自分を見せて、自分がどこにいるか分からなくなっちゃいそうな時もあったんですけど、彼に本当のことを言うことで自分自身を見失わないで済んだんです。全部受け止めてくれたうえで、私のことをサポートしてくれて。

だから彼は、私の中では船のイカリのような存在だった。イカリが下ろされている間は、私をつなぎとめていてくれる。そして別れた後も、ずっとその記憶が残っていて。あの時、人生を見失わないで自分を保っていられたのは、彼がいてくれたから。「私の人生の恩人だ」ってずっと思っていたんだけど、それが言えなかったんですよね。定期的にご飯を食べに行ったりしてたんだけど……。私が声優になってからも、「ご両親はどうしてるの?」「お金のことは大丈夫?」って、ずっと心配してくれてたので、私にとっては本当に大事な存在だったんです。

忘れてもいいからそのままの形で覚えていたい

あさの:例えば、空が晴れたりすると、彼のお母さまが「あの子が良い天気にしてくれたのかしらね」みたいなことをおっしゃるんですけど、私にとっては、彼が“神様”みたいになっちゃう感じが寂しくて……。彼のことを忘れたくなくて一生懸命思い出したり、思い出が美化されていくのって、ある意味、彼の思い出の上にトレース紙を敷いて線をなぞっているようなもの。そのトレースを繰り返していったら、彼が全然違う人になっていくんじゃないかと思って。

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「きっと彼は応援してくれてる」とか「なんか今声が聞こえた気がする」とか、そういうふうになっていくのがすごく嫌なんです。だったら、忘れてもいいから、できるだけそのまま自然な形でいたくて。もし仮に、彼の思い出をすべて忘れてしまったとしても、すでに私の血肉になっているので別に怖いことじゃないというか。「絶対に忘れない」「ずっと覚えていよう」というふうに、記憶をトレースして、不自然な形で彼を覚えているのはやめようって思ったんですね。

燃え殻:自分もすごく影響を受けた女性がいるんですけど、今こうやって話してることとか、口調、クセとか、そういうものはかなり影響受けている気がします。いちいちフィードバックはしないけど、多分そういうものが自分の血肉になっている気がするんです。

あさの:うらやましい話ですね。私も誰かの礎になるような、そういう存在になりたいです。何年たっても思い出してくれるように、魂に刻み込みたいですよね(笑)。

そう言えば、このエッセイを書いている苦しみのさなかに、別の元彼から10数年ぶりに、「声優としてご活躍されているようでうれしいです」みたいな連絡があって。ふとアイコンを見ると、子供が3人くらいいてね。その時に、「生きてて良かった。本当にありがとう」ってちょっと泣きました。私はその元彼とお別れしてしまったけど、他の誰かと幸せにしているのが本当にうれしくて、長生きしてほしいなって。もちろん、そんな気持ちを吐き出すわけにはいかないし、直接は伝えられないんだけど、そんな気持ちを込めて返信しました。

「私の人生はこんな感じだったよ」って報告したい

燃え殻:多分みんな、誰かしらいると思うんですよね。人生のどこかのタイミングで、「彼もしくは彼女しか、自分のことを分かってくれないんじゃないか」という存在が。世界に二人ぼっちのような気がして、自分のことよりも相手のほうが大切な瞬間があったり。そんな大切な存在が、死という形でいなくなってしまう経験はなかなかないかもしれませんが。

あさの:私は今、とにかく、この先の人生に何があるのかを見に行って、幸せになろうと思っています。彼は一つ年上だったんですけど、いつの間にか私のほうが年上になっちゃって……。今年から所属事務所を辞めてフリーランスになったんですけど、そういうことも、積極的に幸せをつかみにいこうと思って起こした行動なんです。「彼が死んじゃってからずっと寂しい」じゃなくて、積極的に幸せになって、「あなたが途中で放棄してしまった人生は、こういうものだったよ」ということを、表現できたらいいなって。

さっきお話した両親との関係も、そうですよね。あの両親を支えるには、仕事である程度成功してないと共倒れしちゃうし。そういう意味でも、積極的に仕事を頑張って、野蛮なくらいにパワフルに生きていこうと思ったんですよね。「いつか会えるような気がする」って言うとスピリチュアルな感じはしますけど、死んだ後に会えるような気がどうしてもしちゃって。その時に、「私の人生はこんな感じだったよ」「案外楽しかったよ」っていう感じで、報告できたらいいなって。

だから、事務所から独立してみたり、車の免許を取ってみたり、ちょっと心に引っかかっていたもの、挑戦したいけど尻込みしていたものに対して行動していこうと。フリーランスになってからは、ドブ板営業みたいな営業をしてるんですけど、それも「私は積極的に幸せをつかみに行くぞ! ガツガツ生きてやるぜ!」っていう気持ちがあるから。そんな感じで、生きる力が上がりました。まあ元々、強めだったんですけど、より“強”になりました(笑)。

燃え殻さんの作品は「過去の自分に会いに行くツール」

燃え殻:あさのさんと何度かお話させてもらって、いつも思ってたんだけど、とても意思が強い方ですよね。彼が思っていたことや見たかったこと、あさのさんが見せたかったこと、「そういうものを全部引きずって生きてやるぞ」っていうふうに、僕は感じました。あさのさんも僕も、“賛否両論の世界”で生きてると思うんですけど、賛否だけじゃなくて、「この人に分かってもらいたい」「この人に届けたい」という気持ちで仕事に臨みたいなって、この本を読んで思いましたね。

あさの:燃え殻さんの小説を読むと、脳の7割は作品世界に入っていくんですけど、残りの3割は、過去に自分が経験した思いや出会った人、忘れていたことを思い出して、トランス状態になるんですよね。半分、自分の過去を見ているような感じで読むというか。「この人は私の気持ちを分かってくれてる」「私もこういう気持ちになったことがある」というようなことが、すごく書かれていて。

それこそ、学生の時に、お金がなくて水商売をしていて、将来に確かなものが何もなくて。私は周りの人に比べて、人生にハンデを背負って生まれてきたような気がしてたんですね。お金がないけど両親は頼れない、そういう心もとなさとか、不安感とか、社会的弱者として生きていた時の気持ちとかが、すごく思い出されるというか。今回の『これはただの夏』も、「こんなことあったな……」って思い出しながら、トランス状態で読んだんですけど。なぜこんな気持ちになるんでしょうか?

燃え殻:名もなき人たちって言葉あるじゃないですか。でも、名もなき人たちっていないじゃないですか。名はあるじゃないですか。僕がこれまでに会った好きになった人や面白いなと思った人、嫌なことをされた人って、誰かにとっては名もなき人たちかもしれないけど、名はあるんですよ。グラビアに出るほど美しい人でもないし、歴史に残るほどの何かを成した人でもないかもしれないけど、僕の中では忘れがたい人たち。

その人たちと過ごした時間は、気づいたら始まってて、気づいたら終わっている夏のようだなって。それも人生っぽいじゃないですか。もしかしたら夏の風景に消えていってしまうような人たちだけど、決してつまらないと思わないんです。逆に言うと、それは普遍的なものなんじゃないかって。そういうことを7割くらい書いて、あとの3割くらいは絶対に起きないだろうということをできる限り入れちゃった。

僕の中では、今話している会話みたいなことを、小説にバーッと書いちゃうことが多いんです。生きていて、悲しい時に悲しい音楽がかかったり、楽しい時に楽しい音楽がかかったり、すごく綺麗なライトが当たるみたいなことはないですよね。例えば、カーペンターズが流れている中で別れ話をするなんて、ああ自分のことだと思えない。ワイドショーとかが流れている中華料理屋で、別れ話が始まるほうが、経験ないけど、乗れるんです。なんでこんな話してるんでしたっけ。すみません。

あさの:小説だけじゃなく、エッセイも大好きです。「私もこんなことあったな」とか「こういう人いるよね」っていう風に、自分の中で言語化できない感情とか、忘れていたことを思い出すことがすごく多くて。

燃え殻:逆に、エッセイのほうが普遍的というか。今連載してる『週刊新潮』は、原稿30本くらい出してます。強迫神経症なのかもしれない。週刊連載に追われるのが嫌なんですよ。怖いから書いてしまっただけなんですが(笑)。

あさの:すごいですね。でも、燃え殻さんの作品が読まずにはいられないのは、読みながら過去の自分に会える気がするから。だから、過去の自分に会いに行くツールとして、みんなが手に取ってしまうような作家性なんだなと思います。うらやましいです。

(構成:ウートピ編集部・堀池沙知子)